自分の組み木のデザインのことで恐縮であるが、例えばぼくが、もっとも単純な組み合わせの、二匹からなる「ゾウの親子」をつくった時のことを考えてみる。
ゾウの親と子が自然なポーズで、しかもなるべく体と体を接する、共有する線の多い組み木の形を考える。これが発想であり、また自分に与えた課題である。ラフスケッチをしている時、部屋のテレビの画面に写った白馬村のラージヒルの、流れるようなジャンプ台のスロープと、飛翔する選手の描くゆるやかなS字のカーブ。美しいなあと思い、ゾウの親の鼻の線に活かしたいと考える。作図の一枚を板切れで試作する。切り口に逆目の出にくい切り方の順序を考える。遊ぶ子どもは、この二片をどう並べ、重ね、ひっくり返し、組むだろうかと考え、あらゆるレイアウトの仕方を自分で考えて試してみる。初めの形の一部を直し再び試作する。子どもの掌の大きさと、立体としての安定感を考え、板厚と大きさを決め、制作図を決めてゆく。
たった二片の組み木のおもちゃをつくるのにも、その発想から完成に至るまでの間に、じつにさまざまなことを考えている。考える=計画を立てることと、手を使う=素材の木の特性を活かしながら加工すること。クラフトの仕事はその連続といっても過言ではない。
考えることと手(身体の中でも脳の延長の末端器官)を使うことは結びついている。考える元となる想像力や発想は遊びの中から生まれる。人は考え、手を使い、ものを作り、遊び、そして学習するのである。おもちゃづくり(クラフトデザイン)には、そのすべてが含まれている。
人間は考える葦だとパスカルはいった。ホモ・ファーベル=作る人、あるいはホモ・ルーデンス=あそぶ人といわれるのは、人は考え、ものを作り、遊ぶことが、生まれながらの本性だということなのであろう。戦後の日本の教育の中で、もっとも欠けていたのは、このホモ・ファーベルとホモ・ルーデンスという視点であった。知識の詰めこみだけに子どもたちはエネルギーを使わされ過ぎた。
この公募展は、そういう意味で大変意義のある活動であった。10年の活動を終え、今新しく11年目に踏みこんだことを喜ばしく思う。考えること、手を使うこと、そして遊ぶことを、ぼくたちは人を人たらしめる、もっとも大切な人間的営為と捉え、ウッドクラフトを楽しみながら、豊かな生きがいとしてのものづくりをしていこう。