今から30年ほど前のことです。ユネスコの芸術教育に関する会議が日本で開かれました。当時の日本はまだ貧しく、アメリカはともかく、せめてヨーロッパ並の生活をと夢見ていた時代です。そしてその後、日本人はひとり残らず働き蜂となって、高度成長がやってきました。
その会議の最初の基調講演で確かドイツの方だったと思いますが、今後芸術教育は、人々の余暇に大きな役割を果たさなければならないということが話されました。しかし私も含めて、当時の日本人にとっては全くピンとこない話でした。
今は逆に、かつての働き蜂も、そしてこの世紀に生きる若い人たちも、“何のために生きるか”という目標を見失っているような感じさえ受けます。単なる働き蜂ではない、かけがえのない、しかし限りのある自分の人生をいかに充実したものにしていくか。自分自身でそれを求めていく時代です。
もちろんひとそれぞれの生き方があります。しかし自己を表現し、そして自己を離れた一つの生命を作り出すという、つまりモノ作りという行為は最も充実した時間をもつことの出来るものの一つだと思います。
日本人は昔から自然と心を共にして独自の文化を育ててきました。文学、美術、そして自然に育まれた生命に再び新しい命を吹き込んできた木の文化。今、世界的な見地から環境問題を考えねばならないとき、人間と木との生態系
−木の成長を人が手助けし、その恩恵を人が享受する− をもう一度再認識することが大切でしょう。
ここ丹波年輪の里に集まったひとつひとつの作品は、或いは小さなものかもしれません。しかし作品に与えられた新しい生命は大きく、そして人と木とのあたたかい交流のなかでの創造活動の意義は大きなものだと信じています。