「人間はモノを作る動物である」と言われるが、現在のように何から何まで工業製品に固まれた生活の中では、この定義も効力を失いつつあるようだ。確かに自分で作るよりも、金属やプラスチックによる工業製品の方が安くて丈夫で便利な事が多い。だが、そのことによって我々の祖先が何千年もかかって築き上げてきた「手の文化」が失われていくのではないかという危慎が残る。
「手の文化」と言うと、何か器用にモノを作る技能だけを考える人があるかも知れないが、そのような狭い意味ではない。それは人間が単にモノを作ることだけを指すのではなく、人間はモノを作ると同時にそれを通して自分自身も作ってきた、その文化をも意味するのである。
近代文明の中で疎外化された人間性を、3つのHの総合活動であるモノ作りによって回復する必要性を主張したのは、ゲーテである。3つのH、それはHeart(心)、Head(頭)、そしてHand(手)を指す。親が子のために心のこもった玩具を作りたいという願い、そのために人の真似ではなく自分自身の頭を使って様々な工夫を凝らす、そして自らの手による確かな技術によって作りあげる。木の玩具を作ることは、作品だけでなく、目に見えない自分の内部にも確実に何かを作りあげていく。もちろん、第8回全国ウッドクラフト公募展に全国から寄せられたこの目に見える作品の上にも、作者一人一人のその足跡が残されている。現代のようなカネやモノ万能の時代にあえてモノを作る意味は、それが人間としての自分自身を育てる最も有効な方法の一つであることにあろう。また、この丹波年輪の里も、こうした意義を世間に広めていきたいと言う願いから設立されたものである。
本年度の応募作品は、昨年度までと比較して大きく水準が高まった。粒選りの作品ばかりである。逆に言えば、一つだけ他より卓越した作品を見いだすことが困難であると言うことでもある。それだけに審査もー層慎重にならざるを得なかった。大賞の作品は、隠された秘密を探りたいという子供心を満足させ、アイデアに富んだ様々な楽器を、確実な技術によって作りあげている。他の作品も、子供への愛情や木のぬくもりを生かし、アイデアを凝らし、巧みな技で作りあげるなど、それぞれの特色を見せている。審査の困難さとは逆に、作品の中から作者の心と頭と手とを読み取る楽しさが大きかった。
出品者の皆さんには、さらに素晴らしい作品を期待すると同時に、「手の文化」の意義を広く人々に、特に次の21世紀を創る子供たちに伝えるよう、一人一人が努力していただくことをお願いしたい。